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2017/03/03

ミュシャは、1860年、モラヴィアのイヴァンチツェで生まれました。ミュシャの芸術家としての素地は母のアマーリエ譲りかもしれません。ウィーンの上流家庭で家庭教師をしていたアマーリエは、芸術への関心も深く、物腰の軟らかい女性でした。それに反して、ミュシャの父オンドジェイは、武骨な男やもめで、この夫婦の間に初めて生まれた子どもがアルフォンスでした。そのあともこの夫婦の間には、ふたりの娘が生まれています。ミュシャは、独立した後も、早世した父の連れ子を訪ね、そして妹ふたりとは生涯にわたって頻繁に手紙を送り合い、お互いを訪ね合ったといいます。こ...

2017/02/23

いよいよアルフォンス・ミュシャによる《スラヴ叙事詩》連作20点が公開されます。作品完成から今まで、全20点がチェコ国外に揃って貸し出しされるのは、初めてという、貴重な機会です。すでに20点の全作品が、美術館に到着しています!現在、展示作業が粛々と行われています。前回のブログ投稿に《スラヴ叙事詩》は、ミュシャが1911年から17年をかけて描いた作品と書きました。ミュシャは、すでに20世紀に入ってすぐに、作品の構想を持ち始めています。ただ、制作には莫大な資金が必要なため、しばらくは制作の夢を心に秘めているしかありませんでした。

2015/06/28

プラハに暮らした4年の間に見つけた論文のテーマと、またその調査の際に発見した、チェコの民族芸術は、日本に帰国したあと、私が追いかけてゆくことになる大きなテーマになりました。「チェコのジャポニスム」をテーマにした修士論文を書き上げたあと、時間ができた私は、昔からの友人を訪ねて、上海に遊びに出かけました。そこで私は、すばらしい藍染めの布に出会います。印花布(いんがふ)といわれる、中国の藍染めです。上海の観光地、豫園を見物して、老街をひやかしている途中で、手織りの木綿の布に、大胆な吉祥文様が染め抜かれた藍染めを売る店を偶然見つけました。蝶...

2015/06/13

今は、まったくの観光地となったプラハの旧市街広場も、私の住んでいた2000年前後頃は、チェコ風のホットドックを食べさせる簡素な店などもあり、まだまだチェコの市民生活とつながっている感じがありました。 私がヴォイチェフ・プレイシクという画家の版画作品を見たのは、その旧市街広場の「フランツ・カフカ・ギャラリー」というカフェも併設したこじんまりとしたギャラリーでした。私はまず、そこで見た版画の、構図の面白さと豊かな抒情性に惹きつけられました。版画を見て、とても懐かしい気持がしたのです。しばらく眺めているうちに、そこには日本の浮世絵版画と...

2015/05/09

最近、ニューヨークタイムズの記事「今人気のヨーロッパ12都市にある通り」にプラハのクリムスカー通りが取り上げられたことが話題になりました。ニューヨークタイムズの記事では、どうしてもお肉に偏ってしまいがちなチェコ料理レストラン以外の選択肢として、クリムスカー通りのヴェジタリアンレストランなどを勧めていました。とってもタイムリーに、クリムスカー通りに近いプラハのヴィノフラディのオーガニックレストランに行ったので、レポートします!

2015/05/04

チェコの藍染めヴィオルカ、先日、プラハのカフェ・スラヴィアで待ち合わせをしました。 1884年創業の、一般にはプラハで一番よく知られているカフェと言われていますね。 待ち合わせに指定された席は、この席。ヴィクトル・オリヴァの油彩「アブサンを飲む男」の飾ってある、ヴルタヴァ川を望む素敵な席でした。

2015/04/04

藍染めのオーダースカートを作るときに、もうひとつ不思議なご縁がありました。 少し長いのですが、読んでくださいね。 プラハからモラヴィアの藍染め工房まで旅したとき、プラハからブルノへの急行の中で、隣り合わせたご婦人がいました。

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2019/07/19

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プラハ滞在日記 2012年夏

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