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最新記事

2017/04/23

ヴィオルカは、かなり前になりますが、実際にミュシャの生まれ故郷、イヴァンチツェを訪れたことがあります。そこでは、本当に偶然にもイヴァンチツェの市長さん自ら市庁舎を案内してくださり、ミュシャに関するいろいろなお話を聴くことができました。当時まだ建設途中だった市庁舎横にあるミュシャの記念スペースまで特別に見せていただいたんですよ。そこは、子供のころにミュシャが家族と住んだ場所でした。その日はちょうど土曜日で、市長さんは、市庁舎で行われている結婚式に立ち会わないといけなかったそうなんです。どうしてこれほど市長さんが親切にしてくださるのか、...

2017/04/15

1963年、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館で大規模なミュシャの回顧展が開催され、そのあとは、ヨーロッパ各地、アメリカ、そして日本でもミュシャの展覧会が開催されてきました。1980年、パリの19世紀美術専門の美術館、オルセー美術館にイジーが自身のコレクションの一部を寄贈し、結果としてパリとプラハで大変重要なミュシャの回顧展が開催されました。日本においても、イジーとミュシャ作品のコレクター土井君雄氏との長い交流により、世界的にも有名なミュシャ・コレクションが築かれました。コレクターの土井氏は、ミュシャの名声を広めたこと...

2017/03/31

ポスターのデザインは、女性を中心に置いたまさにミュシャ様式ですが、描かれているのは、民族衣装を身に着けた少女で、ゆったりとしたブラウスに、色とりどりの刺しゅうを施し、裾にレースをつけた美しいスカートをつけ、頭には「トルコ風の布」と呼ばれる赤いスカーフを巻き、鳥の歌声(合唱団の歌声)に耳を澄ませています。ミュシャは、民族衣装に国のアイデンティティを認めて特別な思いを持っていたうえに、民族衣装のコレクションをしていました。そして、まさにここに描かれたキヨフのスカートは、ミュシャのコレクションに残っており、その生地は藍染めされたものなので...

2017/03/17

展覧会の人気ぶりからも、おそらくミュシャは、日本でもっとも愛されているヨーロッパの画家のひとりと言えるでしょう。現在まで途切れることなく数年に一度は展覧会が開かれ、毎回たくさんの人が訪れます。こんな画家たちは、ミュシャ以外には、数組を除いてはあまり思いつきません。なぜでしょう?と問われれば、日本人とミュシャの作品の間にある目に見えないけれど、深いつながりに答えを見つけることができるのではないでしょうか。つまりアール・ヌーヴォー様式への日本美術の影響が大きかったこと。ミュシャの線と面で構成されたグラフィックに見られる浮世絵版画の影響が...

2017/03/10

会場に入ってまず感じたのは、展示室の明るさです。プラハ展では、作品の設置してある壁が無機質な灰色であったことと、天井からの光が少ないため全体的に暗く、《スラヴ叙事詩》のモニュメント性が強く感じられる、力強い、堂々たる展示だったことに対し、東京展では、背景の壁の色が同じ灰色でも、少し赤みを帯びた灰色(写真に撮るとほとんど紫に見えるような柔らかなトーン)で統一されていること、そして天井からの軟らかい光が、全体的に展示室を照らしていることとで、それぞれの作品の大変美しいマチエール(絵画表面の肌合い)がクローズアップされることになり、ミュシ...

2017/03/03

ミュシャは、1860年、モラヴィアのイヴァンチツェで生まれました。ミュシャの芸術家としての素地は母のアマーリエ譲りかもしれません。ウィーンの上流家庭で家庭教師をしていたアマーリエは、芸術への関心も深く、物腰の軟らかい女性でした。それに反して、ミュシャの父オンドジェイは、武骨な男やもめで、この夫婦の間に初めて生まれた子どもがアルフォンスでした。そのあともこの夫婦の間には、ふたりの娘が生まれています。ミュシャは、独立した後も、早世した父の連れ子を訪ね、そして妹ふたりとは生涯にわたって頻繁に手紙を送り合い、お互いを訪ね合ったといいます。こ...

2017/02/23

いよいよアルフォンス・ミュシャによる《スラヴ叙事詩》連作20点が公開されます。作品完成から今まで、全20点がチェコ国外に揃って貸し出しされるのは、初めてという、貴重な機会です。すでに20点の全作品が、美術館に到着しています!現在、展示作業が粛々と行われています。前回のブログ投稿に《スラヴ叙事詩》は、ミュシャが1911年から17年をかけて描いた作品と書きました。ミュシャは、すでに20世紀に入ってすぐに、作品の構想を持ち始めています。ただ、制作には莫大な資金が必要なため、しばらくは制作の夢を心に秘めているしかありませんでした。

2017/02/18

アール・ヌーヴォー・スタイルのミュシャは知っているけれど、《スラヴ叙事詩》ってどんな作品なの?難解な歴史物語や、なにか深遠なメッセージが描かれているのでは?と身構えている方も多いのではないでしょうか。チェコの伝統藍染めを2013年から紹介しているヴィオルカ代表の小川は、チェコ・プラハで学び、これまで、ミュシャに関する展覧会に翻訳者としてかかわることができ(「アルフォンス・ミュシャ~憧れのパリと祖国モラヴィア」展カタログ(2007年)「知られざるミュシャ展-故国モラヴィアと栄光のパリ」展カタログ(2013年)など)、特にチェコの研究者...

2015/06/20

彼女は、多くのチェコとフランスを結ぶ文化催事の開催にかかわっていました。特に1902年にプラハで行われたフランスの彫刻家、オーギュスト・ロダンの展覧会は、チェコの芸術家たちに大きなインパクトを与えたことで重要なものです。その時、ブラウネロヴァーは、アルフォンス・ミュシャとともに、ロダンをモラヴィアに招待し、彼にモラヴィア、特にスロヴァーツコの民族芸術を紹介しているのです。モラヴィアの民族芸術の中でも、特に民族衣装の美しさは、ブラウネロヴァーの紹介により、フランスでは大きな話題となっていました。

2015/06/13

今は、まったくの観光地となったプラハの旧市街広場も、私の住んでいた2000年前後頃は、チェコ風のホットドックを食べさせる簡素な店などもあり、まだまだチェコの市民生活とつながっている感じがありました。 私がヴォイチェフ・プレイシクという画家の版画作品を見たのは、その旧市街広場の「フランツ・カフカ・ギャラリー」というカフェも併設したこじんまりとしたギャラリーでした。私はまず、そこで見た版画の、構図の面白さと豊かな抒情性に惹きつけられました。版画を見て、とても懐かしい気持がしたのです。しばらく眺めているうちに、そこには日本の浮世絵版画と...

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2019/07/19

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プラハ滞在日記 2012年夏

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