ミュシャの最高傑作《スラヴ叙事詩》 ついに来日!(その8)

4/15/2017

 

こんにちは、チェコの伝統藍染めヴィオルカです。

 

ヴィオルカは、昨日も、六本木の「ミュシャ展」会場に行き、再び《スラヴ叙事詩》との会話を楽しんできました。金曜の夕方~夜でしたので、ゆっくり見学することができました。鑑賞にはおすすめの時間帯ですし、特設ショップのお買い物にも適しています!うれしいことに、ショップでは、ヴィオルカの藍染めは、藍染めファンの方々からもとても好評ですと聞きました。チェコの藍染めファンが、たくさん増えてくれるといいなと考えています。

 

今日は、ミュシャの息子、イジーの活動と歴史的なミュシャの展覧会を振り返ってみます。

 

アール・ヌーヴォーは、「ほぼ1890年から1910年のあいだ西欧諸国を中心に開花した芸術運動・様式の総称」とされています。この芸術様式の再評価は、ようやく戦後になってからのこと、実際には1960年代になってからのことでした。

 

もちろん、ミュシャの作品も例外ではなく、長く忘れられていた期間がありました。特にミュシャとその作品を再評価させたのは、ミュシャの息子、作家でもあったイジーのによるところが大きいと言えるでしょう。

 

イジーは、これまで、このブログでも引用してきたミュシャの評伝を書き、自分の父親とその作品の解説者となり、長い時間をかけて、膨大な父親の資料や作品を整理、管理してきました。

 

 

Mucha rememberd by his son Jiri Mucha-1975 Youtube

https://www.youtube.com/watch?v=ray6-y33kjg

残念ながら日本語字幕はありません。

 

その結果、1963年、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館で大規模なミュシャの回顧展が開催され、そのあとは、ヨーロッパ各地、アメリカ、そして日本でもミュシャの展覧会が開催されてきました。1980年、パリの19世紀美術専門の美術館、オルセー美術館にイジーが自身のコレクションの一部を寄贈し、結果としてパリとプラハで大変重要なミュシャの回顧展が開催されました。

 

日本においても、イジーとミュシャ作品のコレクター土井君雄氏との長い交流により、世界的にも有名なミュシャ・コレクションが築かれました。コレクターの土井氏は、ミュシャの名声を広めたこと、そしてこれまでのチェコスロヴァキアとの共同作業の功績を認められ、1988年、チェコスロヴァキアから勲章を授与されています。そのコレクションは、現在堺市にあり、今回の「ミュシャ」展にも重要な作品が出品されています。

 

1980年にオルセー美術館との共催により、プラハ城内で開催された「アルフォンス・ムハ 1860-1939」展のカタログの序文には、ミュシャのパリ時代の作品は、彼の制作の多様性を見せてくれる。しかし同時にミュシャは単にポスター作家、装飾美術家であったわけではないということを忘れてはならず、「人類館」のプロジェクトやパステルの作品にも目を向けなくてはならないとされています。しかし、まだ《スラヴ叙事詩》については触れられていません。

 

今回、東京で行われている「ミュシャ展」は、ようやくもうひとつのミュシャの姿、あるいはミュシャ自身が願った画家の姿としてのミュシャをプラハに次いで見せた展覧会として貴重なものです。

 

今日は、このへんで。続きをお楽しみに。

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