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レースを編む女たち チェコのボビンレースを訪ねて


コロナ禍の折、チェコの手仕事を訪ねる旅を振り返っています。 今回は、ボビンレースの制作をしている女性のグループを2019年の夏に訪ねたことを書き留めておきたいと思います。


チェコで、レースと言われる筆頭の技法は、何と言ってもボビンレースです。


16世紀からはじまったチェコのボビンレースは産業としていくつかの産地に定着して発展しました。最も古い産地はドイツ国境のクルシュネー山地で、多くの人々が製造に従事し、お隣のザクセン地方やチェコ全土の市で取引されました。チェコのレース産地は特に鉱山のあった地帯と重なります。レース製造は炭鉱夫の奥さんたちが主な担い手になりました。事故の多い炭鉱では、どうしても寡婦も多く生まれてしまいますから、生活の救済にもなったのではないかと思います。


その他の産地、シュマヴァはバイエルン地方に近く、ここで発展したボビンレースの技法はチェコ南部と中央部に広がりました。それから、ヴァラシュスコやまた、スロヴァーツコ、ハナーなど、小規模ながらモラヴィアにもレースの産地がありました。


チェコでボビンレースが特別に発展したのは、オルリツケー山地のふもとのヴァンペルクという街で、今ではボビンレースといえばヴァンペルクと言われます。その起源は30年戦争ののち、オランダ人の貴族が、フランダース出身の妻を伴ってバンペルクに住み始めたことです。妻の出身地で盛んなレース編みがチェコにもたらされ、のちに産業として成長します。ヴァンペルクでは女性も、時には男性もそして子供たちもレース編みに関わったといいますし、どの家にもレース編みの道具があったといいます。その道具のひとつに糸巻き(ボビン)があり、チェコ語でパリチカといいますが(写真では手に持って操っている様子が見られます)、藍染めの版木と同じく材料には果樹が一番向くとされていて(目が詰まって固いという特性があります)、長く使い込まれた糸巻きは光沢のある深い色に変化し、当たった時にべルを鳴らしたような良い音がするようになるのだそうです。この音はボビンレースの制作過程を象徴するもので、日本でも西陣では機織りの音がかつてはそれぞれの家から聞こえてきたといいますが、きっとヴァンベルクでも同じように糸巻きの当たる音が家々から響いていたに違いありません。こうして作られたヴァンペルクのレースは行商人の手に渡り、モラヴィアやシレジアの人の民族衣装を飾ったのです。(写真では民族衣装のエプロンにボビンレースが見られます)。



しかしながらレース編みにも近代化の波が押し寄せ、19世紀初頭にはレース編みの機械が登場し、19世紀末~20世紀初頭には手編みのレースが機械編みに置き換えられました。他の国と違ってレース編みの歴史の浅いチェコのレースは、大戦間と戦後にかけ、ヴァンペルクにおいて更なる発展を見せます。学校も設立され、優れた指導者のもと優秀なデザイナーたちが生まれ、数々の国際的な賞も受けました。しかし自由化後、かつて隆盛を誇った姿は見られなくなってしましました。それでもレース編みの伝統は今もチェコ各地に残り、現在でもボビンレースの技法は学校や様々な講座を通して伝えられています。私が訪れたのは、ご自身の立ち上げたたサークルでボビンレースの技法を広めているレース作家の女性でした。


ボビンレースというと、私が真っ先に頭に思い浮かべるのは、フェルメールの絵画「レースを編む女」(ルーブル美術館蔵)でした。チェコのボビンレースの起源のひとつがフランダースにあることは知っていましたが、この旅で改めて、その持ち込まれた技術が実際にチェコに根付いていることを目にすることができました。「レースを編む女」のように、止めピンに糸をかけるために糸巻きを一心に操る様子は変わっていません。


レース作家のヤナさんは8年前に活動をはじめ、自宅で毎週1回、十数人のメンバーにボビンレースを教えています。作家を含め、メンバーは皆仕事を持ち、あるいは仕事を引退したあとでボビンレースに取り組んでいるそうです。ほとんどの方が、幼い頃、祖母や母が民族衣装やテーブルクロスに刺繍をしたり、手を動かしていたことを覚えていて、古いレースの歴史は、こうやって何代にもわたって女性の手に引き継がれ、そして次の時代に受け渡されていることが分かりました。かつては生活の糧であったレース編みは、今では制作のよろこびをもたらし、長い時間をかけて作られる宝石のような存在になりました。これからもレース編みの伝統と技術が生活の中に長く息づいてくれるよう祈っています。



ヤナさんのサークルでは、年に一回チャリティを兼ねた展示会を開くそうです。売り上げは障害児リハビリのために贈られるとのことで、私も訪問時に天使をモティーフにした作品(写真:胸のハートが素敵、高さ30センチほどある大きなものです)がとても気に入って購入させていただきました。そのほかにハートをかたどったレースをいくつか譲っていただきました。

どこかの機会で、お披露目しようと思います。









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